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オハコのこんな事ばっか考えてる。

オハコと申します。オタク関連を中心に広く浅く何かと考えた事を書いていこうと思います。

大和くんが保護されたいま読みたい、少女サバイバル小説「トムゴードンに恋した少女」

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森の中で迷子になっていた大和くん、無事見つかってよかったですね。
 
そんで、あの事件の報道を見ていて思い出したのが以前読んだこの小説。スティーブンキングの「トム・ゴードンに恋した少女」です。
  

 

あらすじ

内容紹介深い深い森の始まりの地で、9歳の少女トリシアの試合は開始された。家族で来たピクニックが、いつしか迷い込んだ巨大な森でのサバイバルゲームと化していたのだ。離婚した両親。母と喧嘩ばかりの兄。うんざりなはずの彼らがいまは無性に恋しい。迫り来る虫に蛇、絶壁に急流、食料不足。しかも彼女の背後には、人智を越えたなにかが迫る……。少女の絶望的な状況を圧倒的な筆力で描く感動作。
 
 

現代っ子の少女に牙を剥く、リアルな自然の脅威

見どころは、主人公トリシアがサバイバルを耐え抜く姿のリアリティある描写。
「サバイバル小説」とは言っても、主人公は9歳の少女。さらには都会っ子なので"サバイバル術"的な知識もロクになく、何度も無知ゆえの愚かなミスを犯し、あらゆる自然の苛酷さに翻弄されて…
清潔で安全な暮らしになれた現代人には耐え難い苦痛・不快感をジワリジワリと表す描写に、思わずトリシア頑張れ!耐え抜け!という親心目線になったり、キング先生もうやめたげてよぉ!これ以上この子をいじめないで!と胸が張り裂けそうになったり、はたまた深い森が寄越してくる痛みや恐怖にトリシアと同じように震え上がったり
 

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(ウィペディアより、舞台となるアパラチアの森林。こういう道から外れて右側のほうにでも行ったら…と考えたら改めてブルッちまいます。)
 
個人的に脳内に焼き付いて離れないシーンは、まず1つめは急斜面から足を滑らせて転げ落ちるところ。
反射的に体が動こうとする感覚とか、岩に身体のあちこちをぶつける衝撃とか、人間何度かは経験する転んだ時のあの一連の感覚を容易に思い起こされる描写力。こちらは痛くないのに読んでるだけで痛みが伝わってくる気がしました。
 
あともう1つは、渇きに耐えかねてたらふく飲んだ小川の水に当たって、下痢に襲われるシーン。焦燥感たっぷりな描写に、こればっかりは自分にも身近なトラブルなのでもう読んでいてツラい…しかもその後ふらっと力が抜けたトリシアは、自分の"それ"に尻もちをついてしまうというね…。
「自分の愚かな行動によって自分の糞尿にまみれる」って、もう人間にとって救いようのなく情けなくなりそうなシチュエーションで。一連の騒乱と最悪の結果から思わず乾いた泣き笑いを浮かべるトリシアですが、同じ虚無感がこちらにもこみ上げてきます…。
 
 

リアリティーと対を成す「見えない存在」の精神的恐怖

リアリティーあるサバイバル描写の一方で、文中には「目には見えないなにか」が何度も出てきます。物語が進むにつれて、トリシアの恐怖を煽るように何度も脳内に囁きかけ「お前の行いはこれほど愚かなのだ」と罵り、「怪物がお前を喰らうために潜んでいるぞ」と語りかけたり…
「それ」は本当にそこにいるのか、はたまたトリシアの思い込みなのか。どちらとも取れるような感じで物語は進んでいきますが、この謎の「追い詰めるような囁き」によって、たった1人暗い森の中で追い詰められる少女の不安感がゾワゾワ伝わってきます。
 
 

キングは大和くん知ってるかしら。

こんな感じで深い森に迷い込んだ少女の身体的な苦痛 and 精神的な恐怖、どちらもスリリングに味わえる面白い作品です。「トムゴードンに恋した少女」。
現実に森に迷った大和くんがこの創作に迫るほどの体験をしたのかはわかりませんが、めっちゃこの作品を思い出す事件だったのでとにかく紹介してみました。
 
それにしても作者のスティーブンキングが今回の事件を知ってたりするのか気になります…外国での報道も結構さかんだと聞くし!
 
 
 

つってもキングの小説ってまだ「トムゴードン」とこの「図書館警察」しか読んだことなかったり(ぉぃ