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オハコのこんな事ばっか考えてる。

オハコと申します。オタク関連を中心に広く浅く何かと考えた事を書いていこうと思います。

海外コミック「タンタン アメリカへ」 アクション満載の中に、痛烈なアメリカ風刺も

マンガ

きのうは図書館にて海外コミックの「タンタン アメリカへ」を読了しました~

 

 

近くにある図書館には、上のとは違う版で「タンタン全集」的な本が置かれてて、たまに寄っては読み進めとります。

 

 

いつもよりてんこ盛りなアクション活劇

今回は
「少年記者タンタンが、とにかくアメリカ・シカゴのギャング組織をつぎつぎ壊滅していく」
っていう、シリーズの他作品に比べてもシンプルなストーリー。

 

タンタンのストーリーは毎回、紀行や謎解き、ミステリといった要素も多いのですが、この作品に関してはあんまりそれがない。
むしろ徹頭徹尾、丁々発止のアクションが続くのが逆に新鮮かもw

 

まぁでもやっぱり、「タンタンの冒険」の魅力といえば

『敵を追い詰めた!』

『と思ったらやり返された...』

『あわや大ピンチ!でもそこは華麗な閃きで、鮮やかにピンチを切り抜けるのさっ』

という悪者との応酬が自分の中で1番大きい。

スピルバーグによるCG映画版のオープニングアニメでも、こういった要素がフィーチャーされてたしね~。

 


TINTIN MOVIE OPENING.avi

 


今だったら「ご都合主義すぎんだろ!」と言われそうな、ピンチ→脱出の仕方も多いですが、今回の「アメリカへ」では、それがいつにもましてメチャ多くて面白いw

例えば鉄道のレールにくくりつけられ、あわや轢かれる!と思いきや、なぜか機関車はタンタンの目の前で間一髪の緊急停止!いったいなぜかというと...?
たまたま乗客にいた動物愛護協会のご婦人が「外の草原でピューマがシカを襲ってるのを見た!」と大騒ぎして非常ベルを押したから!とかw


まぁそういうシンプルなヒロイックさも、おおらかな絵柄や色づかいでもって読んでいるとひたすら愉快痛快。

古典漫画「タンタン」の名作っぷりはここにさもありなん。

 

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目まぐるしい『アメリカらしさ』への皮肉

一方でストーリーの合間に、風刺的だったり批判精神にあふれる描写もあったりしました。

例えば…

 

「タンタンが偶然インディアンの居留地で石油の源泉を掘り当てる」

→「なぜか数秒で知らせを聞いた、投資家や不動産屋が押し寄せてタンタンに高額でいいから売ってくれとせがむ」

→「ここはインディアンの方々の土地だから、とインディアン酋長に土地を譲るが、白人の投資家たちは酋長をだまくらかして二束三文の値で買い取る」

→「その数時間後には銀行が建ち、工場が建ち、一日過ぎたら立派な白人のビル街になり、インディアンたちが追い出される」…

 

という、極端にめまぐるしい「土地の変化」を描いた一端なんかが特に印象的。

当時の「インディアンに対する白人の振る舞い」であるとか、「情報や物事がなにもかもハイスピードで発展・変化していく都会の狂騒」であるとか…

そういう『アメリカ』なるものへの痛烈な風刺を感じさせるエピソードも挟まれていましたね。

 

そんなこんなで僅か60数ページのあいだに、二つ三つ...と大きなギャング組織をつぎつぎ壊滅させていくタンタンの活躍たるや凄まじい!

ラストは、アメリカらしい盛大な表彰パレードがとりおこなわれ...


それもすんだつかの間、またすぐにタンタンはつぎの冒険へ向かうべく、愛犬スノーウィと共に、淡々とシカゴを去っていくのでした…タンタンだけに。

こういう富や名声のためでなく、あふれる若さの正義感と冒険心で悪者を出し抜く名ルポ記者・タンタンのカッコよさは普遍的で揺らぎませんなと。